とりい動物クリニック 静岡県富士市の動物病院

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ベナケバ・シンドーム

先日、突然の急患でワンちゃんを診察しました。臨床症状や検査結果により
ベナケバ・シンドロームの診断がつきました。
今回はベナケバ.シンドローム(急性フィラリア症/以後VCSとします。)
のことについて述べさせて頂こうと思います。

<急性フィラリア症:VCS>

後大静脈症候群(vena caval syndrome)、中心静脈塞栓症(vena cava enbolism)、中心静脈症候群(vena cava syndrome)、肝不全症候群、フィラリア性ヘモグロビン尿症(dirofilarial hemoglobinuria)とも呼ばれており、慢性フィラリア症に併発する重篤な疾患です。

<VCSの臨床症状>

急激な食欲不振、呼吸困難、衰弱、右心側収縮期雑音、頚静脈の怒脹と拍動、血圧低下、粘膜蒼白、貧血、ヘモグロビン血症、ヘモグロビン尿、肝および腎機能障害、播種性血管内凝固(以後DIC)、それに前方および後方への心不全です。

<原因>

慢性フィラリア症で寄生しているフィラリア虫体が肺動脈から右心室、右心房、そしてまた中心静脈に移動し中等度から重度の三尖弁逆流を起こす為に発生したものです。(写真1)
写真1はその模型です。フィラリア虫体は白い虫で心臓内に認められます。
ベナケバ・シンドーム

そしてフィラリア虫体が上記の様に肺動脈より右心内に移動する原因はよく分かっていません。但しいくつかの説があります。
(1)相対的に虫体数が多い。
(2)重度感染で成熟途中の多数の虫が同時に心臓内に到達する事。
(3)成熟途中の虫体の移行時期がずれて同時に心臓に到達する事。
(4)肺高血圧の急性 悪化や心拍出量の低下等の血行動態の変化により成虫が肺動脈から逆行性に右心房や大静脈に移行すること。
(5)フィラリア予防薬や成虫駆除薬の投与による フィラリア成虫の肺動脈からの移動などです。

<症例>

さて今回の患者さんは8歳齢の男の子(未去勢)Mixのワンちゃんです。(写真2)
ベナケバ・シンドーム

普段から何かつまった様な咳を出すことがあったが、散歩の途中で白い泡状のもの嘔吐をしそのまま動けなくなったようです。診察時は起立が困難で呼吸が早 く、右側からの心音に強い収縮期雑音が聴取されました。血圧は低下しており、粘膜蒼白、鼻から血様滲出液が漏出、ペニス先端に赤い液体が付着していたので 赤い尿を出していたものと思われます。

VCSを強く疑いオーナーさんにその旨を説明。検査を行いました。血液検査ではフィラリア抗原検査陽性、ミクロフィラリア陽性。強いヘモグロビン血症、肝臓酵素の上昇、腎障害も疑われました。血液凝固検査では血小板が低下していたものも他の項目は正常を保っておりましたので典型的なDICは初診時の段階では否定されました。

心エコー検査では右心房、右心室内に大量のフィラリア虫体を確認し以上の所見よりVCSと診断しました。
治療としては外科治療が唯一の有効な治療法として選択されます。外科治療として行っているのがフレキシブルアリゲーター鉗子をいうフィラリアの虫体吊り出し手術専用に作られた鉗子を用いて心臓内の虫を摘出する方法です。

写真はフレキシブルアリゲーター鉗子です。(写真3,4,5,6)
白い部分を操作することによって鉗子の先端を動かします。曲げる操作と掴む操作を行うことにより、心臓内に寄生するフィラリア虫体を摘出する仕組みになっています。
ベナケバ・シンドーム ベナケバ・シンドーム ベナケバ・シンドーム ベナケバ・シンドーム

手術の前に患者を酸素療法により酸素補充します。麻酔前の酸素補充療法により麻酔のリスクを減らし、手術の成功率を高めます。酸素補充の後に全身麻酔をかけます。全身麻酔には極力、患者の負担にならないような麻酔薬選ぶ必要があります。

フレキシブルアリゲーター鉗子を用いたフィラリア虫体の吊り出し手術は、患者の頚静脈より鉗子を挿入することによってその鉗子をレントゲン透視装置を用い ながら中心静脈と心臓内に挿入していきます。レントゲン透視装置によりその状況がリアルタイムにディスプレー上に映し出されますから、画面を見ながら鉗子 を動かしてフィラリア虫体を掴み吊り出しを行います。(勿論フィラリア虫体はレントゲンには映りませんから鉗子にかかったかどうかはある程度感覚的なもの になります。)

写真はレントゲン透視装置をとったものです。写真(7,8)実際の手術時は時間外でもありまた緊急状態とのこともありなかなか写真をとる余裕がありませ ん。中央のテレビ画面にレントゲンのリアルタイム画像が映し出されます。その画面を見ながら鉗子を心臓内に進めていき、虫体を摘出します。
ベナケバ・シンドーム ベナケバ・シンドーム

アリゲーター鉗子を中心静脈内、右心房内、右心室内全てに探索しそれぞれでフィラリア虫体が5回連続で摘出できなくなるまで継続します。ほとんどの場合はフィラリアの虫体がからみ合っている塊を摘出するとほぼ完了です。
摘出が順調に済みますと診察時に聴取された激しい心雑音が弱くなっているか聞こえなくなっています。今回の手術でもその塊を摘出することができ、心雑音も 消失していました。つり出された虫体はメス虫体が13匹、オス虫体が10匹でした。写真9は摘出された虫体の一部です。長さが約30cmあります。
ベナケバ・シンドーム

術後は翌日まで酸素を投与しました。そして翌日に血液検査。血液凝固検査を行いました。
翌日の検査で血液凝固検査の異常と腎機能障害が認められました。血小板数も変わらず少なかったのでDICの可能性を疑い低分子ヘパリン治療と輸液の継続を行いました。
手術3日後より元気が出てきたので点滴を一旦終了し内服薬に切り替えました。DICへの以降も明らかには進行しませんでしたので低分子ヘパリンの治療も一旦終了しました。
ヘモグロビン尿(赤いオシッコ)も消失しました。手術4日後の血液検査では腎機能障害にも改善が認められました。まだまだ安心はできない状態ですが、自宅 で厳しく運動制限をして頂き通院することを条件に退院することができそうです。
また手術により元気を取り戻すと完全に治ったと考えてしまいたくなるものですが、実際にはフィラリア感染が治ったわけではなく急性状態(VCS)からの 回避をしたにすぎません。長期的にフィラリア感染の治療が必要になりますし、今後のフィラリア予防は当然必要になります。
今回のワンちゃんは運良く比較的経過がよかったのですが、手術後も低酸素症、心拍出量の低下、著しい肺高血圧、低体温、腹水、中心静脈の上昇が持続するようですと予後は不良となります。

フィラリア予防は欠かさずに行いましょうね。