とりい動物クリニック 静岡県富士市の動物病院

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獣医さん泣かせのひも状異物とは

今回はひも状異物についてコラムを作成いたします。ひも状異物とは文字通り動物が“ひも”を飲み込んだことによっておこる胃腸障害をさします。
通常の異物と異なり、細くて長いひもが消化管に“ひも”独特の悪影響を与えます。そしてその診断、治療法が困難になることも多い胃腸障害です。
そんな病状を持った猫ちゃんを今回、紹介いたします。

患者さんのプロフィール

雑種猫、4ヶ月齢、メス。

主訴

突然の嘔吐(黄色い液を5回吐いた。)元気と食欲がない。お水は飲む。といった内容で受診されました。

診察および治療

最初の診察では大きな異常が認められなかったので対症療法(現在認められる症状に対しての治療。)を行いました。そのまま経過観察としましたが状況は好転しませんでした。
よって原因追及のため単純レントゲン検査、消化管バリウム造影検査を行いました。

単純レントゲン写真

(写真1)0028

胃内にガスが認められました。それ以外に著変は認められませんでした。

消化管バリウム造影検査

バリウムを経口投与して経時的にレントゲン撮影します。するとバリウムの動きが観察されますので消化管の粘膜の状態、運動の状態、閉塞の有無などが確認されます。
(写真2)0030

バリウム投与15分後のレントゲン写真です。胃から続く十二指腸が細かく湾曲しているのが観察されます。これはひも状異物の症例で見られる特徴的なレントゲ ン所見です。ひもの周囲に腸がアコーディオン状に湾曲されますのでこのような形態が観察されます。この後、猫ちゃんはバリウムのほとんどを吐き出してしま いました。

(写真3)0033

バリウム投与後90分後のレントゲン写真です。胃の中のバリウムは消失しています。腸管内のバリウムはゆっくりと進んでいます。かなり遠位の腸までがアコーディオン状の形態を呈していますね。ひも状の異物が腸の広範囲に広がっていることが考えられます。
この結果よりひも状異物を強く疑い開腹手術を行いました。

開腹による異物摘出手術

開腹しますとレントゲン写真で観察された状況がそのまま認められました。異物は胃?十二指腸?小腸?大腸と消化管全域に確認されました。

(写真4)0008
消化管がアコーディオン上にクシャクシャになっているのがよくわかります。ひもを軸に腸が縮もうとしますから、このような形態になります。
腸管自体の色調は良好で壊死をしている様子もなく、腸穿孔も認められませんでした。

(写真5)0010
先ほどの写真5の拡大像です。腸が縮んでいる様子がよく分かりますよね。

こ の猫ちゃんは小腸を2カ所、大腸を1カ所、胃を1カ所切開しそれぞれの部分より糸を分割して摘出しました。猫ちゃんの腸は他の動物に比べれば短いですが、 それでもかなりの長さになります。ひもはそれぞれの所で引っかかっていますから1カ所のみの切開では摘出でません。それが大変なのです。

(写真6)0012
小腸を小さく切開しその部分より糸を摘出します。引っ張りすぎると糸が腸に食い込んで腸が切れてしまいます。ある程度限界がきたらそこで切除します。そして他の部位でも同じ動作を繰り返します。

(写真7)0014
私 が行っているのは、一部摘出した糸の断端とプラスチックの棒を結びつけ、それをパンツのゴムを通すようにしてプラスチックの棒を腸の中を進めていきます。 それにより腸に絡んでいる糸を極度に引っ張ることなく、腸の流れにそって戻すことができます。この術式により異物を腸に食い込ませることなく安全に異物を 取り出すことが可能になります。それに加えて切開部位も最小限にすることができます。

以上で、異物はすべて摘出完了!
と行きたい所だったのですが・・・・・
この猫ちゃんにはまだその続きがあるのです。
胃まで進めた異物除去でしたが、最後に胃の中から断端が出てきません。胃の中にある糸がどこかに引っかかっているようです。『おかしい。』かなり悩みました。
と りあえず、口から胃内までカテーテルを通しそのカテーテルに糸の断端を結びつけました。口までは糸が出てきました。胃、食道内には引っかかっていないこと が分かりました。口の中のどこかに糸が引っかかっています。慎重に探してみるとその糸は舌に引っかかった状態からさらに舌の表面から食い込んで埋没してい た状態だったのです。


(写真8)0018

写真の真上より糸を指で引っ張っています。(白い糸が見えると思います。)引っ張った舌の付け根(白い包帯が重なっている所)が少し赤くなっています。(分かりますか?)
その部位に糸が埋没しており炎症を起こしていました。当然、舌の反対側もそのようになっていました。糸ははさみで切ったところ、簡単に抜けてしまいました。
つまりこの猫ちゃんは糸が舌に引っかかった状態で更に消化管内にも絡んでいたのです。
(口から肛門手前まで全体に糸が引っかかったことになります。 )

無事に手術を受けた猫ちゃんはこの後、元気を取り戻し退院していきました。

獣医師の考え

異 物摂取による事故はワンちゃんでも、猫ちゃんでも頻繁に認められます。その中でも若い動物が圧倒的に多いです。子猫となるとその発育時期によりいろいろな 物に興味を持ち始め、触ったり、引っ掻いたり、口に入れたりといろいろな方法で遊ぼうとします。当然、私どもも異物摂取があった症例に対して治療を行いま す。誤飲した直後であればまずレントゲンを撮影しその後、催吐処置(お薬を使って強制的に吐かせる)を行います。他には内視鏡により胃内から摘出する方法 があります。現在の所では内視鏡による摘出法が最も安全な方法と思います。

た だし異物摘出には様々な問題があり、上記の処置は異物を飲み込んだことを確実に観察している場合に限られます。『飲み込んだと思う。』という不確実な情報 ですと、レントゲン検査による異物の確認が頼りになりますが、レントゲンに移らない異物(ひも、布、ゴムなど)ですと本当に胃の中にあるのかどうかが議論 の的になります。

私自身は?不確実な情報で飲み 込んだかどうか分からない。?単純レントゲン写真で確認できない。?飲み込んでしまってから時間が経過している。こういった患者さんについては内視鏡を 使った検査をお勧めするようにしております。(もし異物があり後になって腸で詰まってしまったら大変ですからね。)子犬、子猫を飼育中のオーナーさんには 異物摂取には特に注意を払っていただく必要があります。とくに自宅内で自由に生活しているケースでは、その動物を常に監視することはできませんから、異物 摂取のリスクが常につきまとう環境となります。

子犬、子猫を飼育中の飼い主さんは特にご注意ください。また自宅内での飼育は推奨されますが、更にゲージを使った飼育により、幼若時に多く見られる事故の発生を防止する必要があると考えます。