とりい動物クリニック 静岡県富士市の動物病院

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動物の遺伝病をご存知ですか

股関節形成不全―特に大型犬の飼主さん必見です―

今 回のテーマは「遺伝病」です。一口に遺伝病といってもぱっとしないでしょうし、「うちの子は大丈夫!」と思っていらっしゃる方も多いと思います。ところが 遺伝病といわれるものは決して希なものではなく、しかもその種類も数多くあります。遺伝病というからにはもちろんそれらの病気は子孫に遺伝するわけです。 遺伝させなければ遺伝病は予防が可能だというわけです。ですので、遺伝病と診断をうけた動物については交配してはいけません。残念ながら遺伝病は減少傾向 にはありません。多くの飼主さんのご理解と獣医師などが協力することによって、遺伝病を少しでも減らせることができたら…と願っております。

遺伝病についてすべて紹介するのにはあまりにも膨大なので、今回は大型犬で非常に多く見られる股関節形成不全症についてご紹介いたします。

☆そのまえに…

この前(確か10月だったと思うのですが)、TBSの「報道特集」という番組で動物の遺伝性疾患についての話題が出ておりました。我々の周りでは遺伝病の蔓 延を危惧しておりましたが、このような形でみなさんにも知っていただける機会があったことは非常に意味のあることだと思います。知らないよりは知っていた ほうがいいことです。なによりも動物たちのことを考えてあげるのでしたら生まれてくる犬たちには健康であってほしいからです。また、それを良くも悪くもで きるのが我々人間なのです。

☆股関節形成不全とは

大型犬で発生率が高い股関節の疾患で、このうちの半分以上は遺伝的な要因がもととなって発症します。残りの遺伝によらない股関節形成不全症は、肥満や若齢時 での関節の大きな負担が原因となって起こる病気です。骨盤と大腿骨との関節を股関節というのですが、それが発育不全をおこし、不完全なままの関節となりま す。そうなると、骨盤側ないし大腿骨とで骨の変形や関節炎を起こすようになり、その結果として歩き方の問題が出てきてしまいます。発症は比較的若いうちか ら出てくることが多いです。生後6ヶ月以降では何らかの徴候が見られるかもしれません。これはからだが成長していくペースに股関節の成長がついていけなく なり、ある程度のからだが成長したころになってより症状がはっきりしてくるというわけです。さらに体重も増えてくるわけですので、股関節にかかわらずいろ いろな部分の関節に大きな負担がかかってくることになります。したがって関節を取り巻く環境はどんどん悪化していくわけです。またこの病気をもっている犬 では「肘関節形成不全」という肘の関節の発育不全を起こす病気を併発する可能性が高いといわれています(注1)。

やっかいなことに、この病気はそのままにしておいても治りません。むしろ確実に悪化します。悪化の程度は股関節の状態によって個体差はありますが、重症の場合 は股関節が外れてしまう「脱臼」を起こすこともあります。大型犬では「立てない」「歩けない」というのはわんちゃんだけでなく飼主さんにとっても大きな負 担となります。

診断は歩き方の観察をして痛みなどの確認をします。そして、もっとも確実に診断できる方法はレントゲン写真による評価です。

☆どんな犬がこの病気にかかりやすいのでしょう

純血種の大型犬はかなりの確率で危険性があると思ってください。特に多いといわれているのが…

と いわれています。ただし他の犬種でも注意は必要ですよ。その種類としての特徴を維持していくために(もしくは改良するために)近親交配をした経緯があると いわれています。だからといって混血種ではそのような危険性が全くないというわけではありません。遺伝病の場合、遺伝子そのものに何らかの問題を抱えてい ることがほとんどであり、その遺伝子をもつ両親から生まれてきた動物には高率に発症することが証明されています。とにかく、大型犬は要注意なのです。

☆ 診断

@姿勢、歩き方
姿勢のチェックをすることで「股関節形成不全の可能性がある」ことがわかる場合があります。一例を紹介しますと…

・ 腰を大きく振りながら歩いていませんか?
さきほど「歩き方の問題」といいましたが、例えて言いますと…『はじめはなんとなく運動するのを嫌がるような仕草をします。そしてだんだんに肢をかばうよう な歩き方をするようになり、さらに進行すると腰を横に振りながら(おしりを振っているような感じになるのかな?)ひょこひょこと歩きます。またそこに痛み が強くなるとそれがより強調されます。または「おすわり」をさせると正しいおすわりができず、横すわり(おねえさん座りをイメージしてください)になるこ とがあります』といったところでしょうか。

・ 常に背中が丸まっていませんか?
背中を丸める姿勢のことを「はいわん背弯しせい姿勢」といい、腰や後足に痛みがある場合などに見られます。とくに上半身に対して下半身が妙に弱々しく見える 場合はこのような姿勢をとっていることがあります。また、背中を丸めることによって、前肢と後肢との間隔が狭まる傾向があります。肩関節−股関節の距離 (A)と前後肢の接地している距離(B)とを比べるとBが短縮します。(股関節形成不全で必ず以下のような姿勢をするわけではありません。また大型の高齢 犬でも同じような姿勢をすることが多いです。ちなみ下のモデルのワンちゃんはあくまでも参考として掲載させていただきました。)

(写真1)

・ 歩くときいつも頭が下がっていませんか?
後足にびっこや痛みがあるときは頭を下げて歩く傾向があります。頭を低い位置におくことで、前足に体重をかけようとするためにこうなります。

(写真2)

・ 左右前足の幅に対して、後足の幅が縮まっていませんか?
左右前足の幅を広げ、左右後足の幅を狭めることによって、前足に荷重が移動します。おのずと後足に負担をかけないようにしてしまうのでしょう。前肢の左右の間隔をC、後肢の左右の間隔をDとすると、股関節形成不全や後肢に問題のある場合ではC>Dとなります。

(写真3)

Aレントゲン撮影
レントゲンで股関節の形を見ることによって評価をします。正常な股関節は骨盤側のかんこつきゅう寛骨臼がしっかりしたおわん型をしているほかだいたいこっとう大腿骨頭の形も球に近い滑らかな形をしているのがわかります(写真4)。

(写真4:正常な股関節のレントゲン写真)

一方、股関節形成不全の場合では、寛骨臼が浅く大腿骨頭のかたちのきれいでありません。不完全な関節ですので、その分関節にかかるストレスも大きくなり、半 分関節が外れている状態(これをあだっきゅう亜脱臼といいます)を起こすこともあります、レントゲン写真の右側の肢は亜脱臼を起こしています(写真5、 6)。

(写真5:股関節形成不全症の犬のレントゲン写真) (写真6:写真5の股関節の拡大写真)

レントゲンで股関節形成不全症を評価する場合には適切な位置を適切な条件で撮影した写真が必要不可欠になりますので、原則として鎮静や軽い麻酔をかけて撮影 します。より正確な評価が必要な場合は専門の評価機関「JAHD Network(注3)に情報を提供して、診断や今後の注意点などを検討します。

☆ 治療

変形してしまった関節は完全に元に戻ることはありません。ですので、いかに変形してしまった関節に負担をかけないようにするか…ということが重要になりま す。関節炎をもっている場合には、それに対する治療も必要となります。症状がない、またはごく軽いものの場合は、関節保護の食品や薬を使います。よく人間 の関節炎などで、「コンドロイチン」とか「グルコサミン」などといった成分のものがありますが、動物でも同じようなものを使います。動物用のお薬としては 写真7、8、9のようなものを処方しています。


(写真7:サプリメント「リプロフレックス」)(写真8:サプリメント「ボマジール」)


(写真9:消炎鎮痛剤「リマダイル」)

レントゲン上で関節炎があり、痛みを伴うような場合には消炎鎮痛剤(写真8)を追加します。

重度な関節炎で、しかも歩行や起立困難がでてくるような場合になりますと、外科的に人工関節に置き換える処置をする場合もあります。

こ の病気そのものの完治は非常に難しいのですが、早期発見―早期治療をすることによって進行を防ぐことが可能です。ただし、急激な運動はしないほうがよいで しょうし、関節に負担をかけないようにするためには肥満は厳禁です。適度な運動は必要なのですが、過剰な運動はNG…ということで飼主さんの管理も大事に なります。

療法食もあります。関節保護作用のあるグルコサミンなどの成分を含んだもので、成犬用や老犬用など年齢によっていくつか種類があります。写真10はIAMS(アイムス)製のものですが、WALTHAM(ウォルサム)製のものもあります。

(写真10:関節疾患用療法食)

☆ 予防

病気の予防というより「増やさない」ことが重要です。遺伝病を減らすには、発症していない親同士を交配させることが必要です。また家系を知ることも重要とな りますので親はもちろんのこと、兄弟などに股関節形成不全がでていないか把握しておきたいところです。特に交配を希望される飼主さんには一度股関節のレン トゲン検査をすることをお勧めします。

☆検査の時期

通常生後1年くらいに検査するのが適当でしょう。股関節の状態を正確に把握するには、撮影する時の肢の角度や撮影場所なども厳密に行わなければなりません。 したがって、鎮静または麻酔をかけた状態で撮影を行います。ですので、事前にスケジュールを組んでから検査をすることになります。詳しくは獣医師にお問い 合わせください。

☆他にはどんな病気がありますか

今回ご紹介した股関節形成不全のような骨や関節に異常が出るものばかりでありません。血液が止まりにくい病気(von Willebrand病など)や、眼の病気(コリーアイ、進行性網膜萎縮症など)、皮膚の病気など本当に多いです、書ききれません!

毛色に関連して何か異常が生じるものもあります(有名なところでは、ダックスフンドの「ダブルダップル」といわれる毛色は先天的な異常を持っていることが非常に多く、毛色の組み合わせによって交配してはいけないケースがあります。)

注釈

注1:股関節形成不全の発症している犬のおよそ1/3は肘関節形成不全を併発しているというデータがあります。この数字は、股関節異常と肘関節異常はほぼセットになっているといっても過言ではないほどの確率です。

注2:あるデータによりますと、日本のラブラドール・レトリバーの約半数は股関節形成不全の素因をもっているそうです。そのうちのおよそ2割が肘関節形成不全を併発しています。約半分…多いです。

注3: JAHD Network(日本動物遺伝病ネットワーク)は遺伝病の診断をはじめ、これらの情報収集と提供し、遺伝病に対する科学的な研究を行うNPO機関です。欧 米ではこのような動物の遺伝病を減らそうという運動は40年以上も前から行われており、JAHDのような機関も複数あります(OFA:アメリカの股関節形 成不全に関する研究機関が特に有名です)。それらの国では遺伝性疾患の有病率(病気の素因をもっている割合)が確実に下がり、成果が表れています。ス ウェーデンでは股関節形成不全の有病率はたった13年で46%(←今の日本の有病率とほぼ同じといわれています)から23%へと半減させることに成功して います。まだJAHDは発足して間もない機関ですので、これから軌道に乗れば股関節形成不全をはじめとする遺伝病の減少が期待されます。そのためには、皆 さんに知っていただくことが大事になります。このJAHDの詳しい情報につきましてはホームページをご覧ください。

JAHD HPアドレス http://www.jahd.org

Special Thanks!

今回のコラム製作にあたりまして、写真モデルとしてDancyさん、西垣アントニーさんにご協力をいただきました。ありがとうございました。
また遺伝病全般につきまして、奈良県の新庄動物病院院長今本成樹先生にご協力をいただきました。尚、今本先生は私KM Vetの大学時代の先輩で、遺伝性疾患に大変精通しております。興味のあります方はHPをご覧ください。

新庄動物病院HP http://www5c.biglobe.ne.jp/~sah/

つい長々と書いてしまいました…最後までご覧いただきましてありがとうございました。

Written by KM Vet