はじめに
以前のコラムで猫の骨盤骨折のことを記載致しました。
しかし残念ながらその猫ちゃんは手術後急死するという結果に終わってしまいました。
そこで骨盤骨折に起こる様々な合併症について記載しました。
その概要としては・・・
ほとんどの症例は交通事故によるもので、重痔の打撲が起こっています。骨盤の強固な骨構造を破壊するのには巨大な外力が必要であり想像以上の軟部組織の ダメージが起こっています。加えてそのダメージが遅発的に発現することが多いのです。よって骨折そのものの治療を優先するのではなく全身状態の評価を行 い、その全身状態の治療を進めながら骨折整復の時期を検討することが必要不可欠となります。
今回、骨盤骨折で来院した猫ちゃんで同時に膀胱破裂を認めました。早速膀胱破裂の治療を行い、状態が回復した後に骨盤骨折の治療を行いました。改めて骨盤骨折の深刻さを知っていただくよい機会と考え紹介させていただくことになりました。
症例
雑種猫、10歳、雄(去勢済み)、体重4kg、室内飼育ときにリードでつないで室外に出す。
主訴
先ほどから急に歩き方がおかしい。呼吸も苦しそう。
その前に大きな音が聞こえたので交通事故に有ったかもしれない。(たまたま離れてしまった。)
診察
一般状態は虚脱、体温37.0℃、心拍数144回/分、呼吸数176回/分。
意識は有るがぐったりした様子でした。
交通事故によるショッック状態を十分に疑いましたので、まずは胸部レントゲン、腹部レントゲン、後肢のレントゲンを撮影致しました。
胸部、腹部、後駆単純レントゲン検査
胸部単純レントゲン検査では交通事故によると思われる異常は特に認められませんでした。
呼吸異常が有りましたので、胸腔内の損傷を強く疑いました。
腹部単純レントゲン検査(写真1)写真では交通事故によると思われる異常は明瞭には認められませんでしたが、膀胱の像がはっきりとしませんでした。(写真 1/黄色矢印)(事故のときに全ておしっこを出してしまったのか、尿路の損傷が有り腹腔内に漏れだしているか。などを考えなければなりません。)
後駆レントゲン検査では骨盤骨折を認めました。(写真1、写真2)
左右の仙腸関節の脱臼に加え腸骨の前方変位約1cm。恥骨の骨折が確認されました。(写真1、写真2、写真3/赤矢印)ここで骨盤の箱形構造が保たれていないことが判明致しました。よってこの状態では将来的に排便障害につながる可能性も高く疑われます。
写真1(No.765)
→恥骨骨折の様子。
→膀胱が不鮮明。
写真2(No.766)
→仙腸関節脱臼、腸骨前方変位の図
写真3(No.767)
写真2の拡大写真です。関節部分の脱臼が明瞭です。
膀胱陽性造影検査
よって以上の所見より早急に尿路の造影検査を行いました。尿路に損傷が有るのかどうかを造影検査で画定させます。さらに損傷の場所が分かれば手術の難易 度、予後を予測することができます。ペニスより尿道カテーテルを挿入し造影剤を注入、時間をずらしながら2枚レントゲンの撮影を行いました。(写真4、写 真5)いずれの写真でも膀胱の周囲に造影剤の漏れが確認されます。(ピンク矢印)腹腔内への造影剤の漏れ方から膀胱の損傷が疑われました。写真4に比べて 写真5の方が造影剤の漏れ方が強く現れています。
写真4(No.768)
ピンク矢印:腹腔内への尿の漏れを示しています。
写真5(No.769)
ピンク矢印:同様に腹腔内への尿の漏れを示している。
開腹手術
この猫ちゃんは交通事故による尿路の損傷が確定したので、直ちに開腹手術を行うことになりました。手術時の所見としては膀胱の破裂が2ヵ所に認められ、腹 腔内への尿の漏出、腹腔内出血が認められました。(写真6)青矢印で示すのは膀胱に損傷の見られた部位を鉗子で示してあるところです。穴はさほど大きなも のでは有りませんでしたが膀胱内の液体は持続的に排泄されていました。
よってこの部分に対して縫合糸を用いて整復致しました。その後でリークテスト(漏れが無いかどうかの確認検査で膀胱内に生理食塩水を入れて、手術部位や他の部位からの漏れが無いかどうかを調べる。)を行い問題が無いことを確認し閉腹致しました。
写真6(No.714)
青矢印?膀胱に認められた2ヵ所の破裂部位。
写真7(No.714)
写真6で示した部位を縫合した様子です。青く見えるのは縫合糸です。各所に対して3〜4針の縫合を行いました。
この猫ちゃんは術後の経過は良好でした。心配された排尿障害は術後も認められませんでした。
膀胱破裂の手術から4日後に仙腸関節脱臼の整復手術を行いました。
手術はスクリューとピンを用いた骨折脱臼部位の整復です。
今回は骨盤骨折に伴う問題に関して記述致しましたので骨折そのものの詳細は割愛させていただきます。
写真8(No.771)
さいごに
交通事故による骨盤骨折の合併症は深刻で、今回のような尿路の損傷を伴うことも少なく有りません。
また軟部組織の損傷が強い場合は全身状態の改善にまで至らぬことも有りますし、いかに初期の患者の状態を正確に把握するかで生死を分けるといっても過言ではないと痛感致しました。
また重症度が強ければそれだけ予測不能な事態が発生することも常に考えておかねばならず、再度交通事故による骨盤骨折の深刻さを考えさせられました。