とりい動物クリニック 静岡県富士市の動物病院

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動物の血液

先日私が診察をしておりましたら、とある飼い主さんからこんな質問をうけました。

「先生、犬にも血液型ってあるんですか?」

この質問を聞きまして、犬や猫についての血液型ってあまり知られていないのが現状なのかな…と思いました。
犬や猫にもちゃんと血液型というものがあります。ただし人間のようなA,B,AB,O型という血液型とはやや異なります。
人間で血液型が重要になってくるのは輸血の際ですが(中には「占い」でも重要だとおっしゃる方がいると思いますが、 ここではちょっと道がそれてしまうので…)、血液型の異なる血液を輸血すると大変重大な症状を起こします。
ここでは血液型と輸血について2回に分けて説明しようかと思います。

血液型

血液型を決定するものは「抗原」といわれるものと「抗体」といわれるものの関係によります。
抗原とは「体内でそれそのものが異物だと認識されるもので抗体をつくらせる原因となる物質」のことをいい、 抗体とは「体内に異物(抗原)が侵入したとき、それに対して生成され反応するもの」をいいます。

この抗原と抗体というものはありとあらゆるものに存在しています。
たとえば今回は血液に関することですので、血液の中の「赤血球」や「白血球」「血小板」「血清」などそれぞれにこの関係が成り立っているのです。

この中でごく一般的に使われているものが「赤血球表面抗原」といわれるものです。
赤血球の膜に対してこれが異物であるかどうかをチェックする免疫機能の一つです。
人間の血液型で有名な「ABO式」や「Rh式」というのはこれにあてはまります。

犬の血液型はどうかといいますと、これがかなり難解で人間ほど単純ではない事が知られています。
分類法としては国際的に犬赤血球抗原(Dog Erythrocyte Antigens DEA)によるものが一般的です。
このDEAと呼ばれる血液型分類は13の系列に分けられています。

DEA分類による13の血液型

(注)以前は犬の血液型に対して統一された見解がなされていなかったこともありました。それだけ難解複雑なんだということです。
現在では「DEA1.1」というものに対して陽性か陰性かということで評価をすることが多くなってきています。

猫の血液型は人と若干似た表現になるのですが、大きく分けると「A型」「B型」「AB型」があります。
人間のように「O型」というものはありません。もっとも多い血液型はA型でB型はわずかながら見られます。
「AB型」になると、きわめて少なくなります。 純血種の場合、アメリカンショートヘアでは100%A型、デボンレックスでは6割くらいがA型というように品種によってもばらつきがあるようです。
ちなみに血液型によって性格に差があるのかないのか、ということはわかりません。

血液型を知るということ

自分の愛犬、愛猫の血液型を知るのは有用なのか…ということについてですが、「知っていたほうがよい」ということになると思います。 大いに役に立つのが、何らかの形で輸血をうけなければならないときです。
ある程度ワンちゃんやネコちゃんの把握をしておくことによって供血してもらえる相手が探しやすいというメリットがあります。
ただし、同じ血液型のワンちゃんやネコちゃんがいた場合に、そのまま輸血をしてよいか…というとそうではなく「交差適合試験(クロスマッチ)」(←後編にて)が必要になりますが、 より安全性を高めることには貢献してくれるはずです。
ワンちゃん、ネコちゃんの血液型を健康なときに調べておいてはいかがでしょうか。

血液型はどうやって調べるのか

犬や猫の血液型を調べる方法は、血液型判定キットというものがありますので、それを使用します。
犬用と猫用があり、犬ではDEA1.1という型に対して陽性か陰性か、ネコではA型かB型かAB型かを判別することができます。
採血をして検査キットの操作手順にあわせて検査をしていきますと…およそ5分で血液型が判定!というような運びになります。
ですので、ワンちゃんやネコちゃんに対しての負担は採血をするのみです。結構簡単なんですね。

血液型判定キットを使ってみました

当院の看板犬Dancyちゃん(グレイハウンド、メス、2歳、未避妊、出産歴なし)の血液型を調べてみました。
検査キットは共立製薬から発売されている「ラピッドベット」を使用しました。

(写真1 ラピッドベット 上は犬用、下は猫用)

まずは採血です。検査に必要な分の血液(0.4ml)を採り、血液が固まらないようにEDTAという薬品の入ったチューブに入れよく混和します。
最初に自己凝集という自分の血液自身に異常な免疫反応が起こらないかどうかを確認します。
この反応で異常がないことを確認してから血液型判定を行います。血液1滴とキット付属の希釈液をよく混ぜます。
その後凝集(赤血球同士が免疫反応によりくっつきあう現象)がないかを目視で確認します。

(写真2 試薬をのせたところ)


(写真3 血液中につぶつぶが見つからなければ自己凝集陰性と判断します)

今度は血液型判定を行います。
陽性コントロール(写真上段)、陰性コントロール(写真中段)、試験検体(写真下段)のそれぞれに希釈液を1滴滴下します。

(写真4 判定キット 希釈液を滴下したところ)

次に各コントロールにそれぞれの指示薬を滴下し、また試験検体には採取した血液を滴下します。そしてよく混ぜます。

(写真5 試薬や検体を加えよく混和した様子)

その上で検体の血液が凝集反応しているかどうかを確認します。
陽性コントロールは凝集していなければいけませんし、陰性コントロールでは凝集しないはずです。
これを参考にしながら判定をしていきます。写真ではわかりにくいのですが、Dancyちゃんの血液は凝集反応を示していませんでした。
よって「DEA1.1陰性」ということが判明しました。

(写真6 陽性コントロールの血液のみつぶつぶしているのがわかりますか?)

血液型が判明しましたら「血液型カード」に記入して飼い主さんにお渡しします。

(写真7 血液型カード)

愛犬(愛猫)の血液型を知っていることでちょこっと優越感にひたれるかもしれませんよ(笑)。
もちろん重要な意義があることもお忘れなく。後編は動物での輸血についてご説明いたします。

Written by KM Vet



後編 動物の輸血

前回のコラムでは動物にも血液型があって、しかも負担も少なく簡単に血液型が判明できる点と、血液型を知っておくことの重要性を説明させていただきました。 そもそも今回の血液に関するコラムを書こうと思ったきっかけは、「輸血が必要な場合にもかかわらずそれができないことがある」ことです。そもそも輸血はどのように行われるのか、またどのような場合に輸血を必要とするのかなどを説明いたします。

輸血医療の実際

人間の医療現場では輸血はかなり頻繁に行われています。が、動物の場合はそれほどでもないといえます。なぜでしょうか。
これには動物ならではの理由があるといえます。まず、

  1. 血液型の問題:人間のようにすべての動物の血液型が瞬時にわからない問題。
  2. 供血する側の問題:人間のように献血をして血液をある程度プールしておくだけの仕組み(血液バンク)がない。
    現状ではドナーとなる動物は、複数の犬猫を飼っていらっしゃるおうちの方には同居犬(猫)から、
    それ以外の場合には院内にいる犬(猫)からから血液を供与することになります。
  3. 倫理的な面:輸血のみでなく動物での臓器移植の場合にも問題視されている部分です。
    常に安定した血液供給がなされていないことや、まだまだ動物の血液について未知な点が多いことが現在の輸血を行う上での問題点だといえます。 今後もこの課題については相当の議論が必要となることでしょう。

ちなみに千葉市獣医師会では、ペットオーナーさんに愛犬をドナー登録して、輸血が必要な際には供血がすぐに行えるような「血液バンクシステム」を施行中です。 今後このような動きが加速していくことが望まれます。

輸血が必要なとき

輸血が必要となる場合には以下のような適応症があります。

A.内科的な病気に対して

からだの組織に水分が溜まるほか(浮腫)、腹水や胸水なども見られる。同時に貧血も生じる。

B.外科的な病気に対して

などがあげられます。
もちろん安易に輸血を行うことはしてはいけませんが、必要な場合は必要な分を輸血することによってダメージを極力少なくすることができます。

供血できる犬の条件

犬がいれば、どんなわんちゃんからでも供血できるわけではありません。人間の献血と同じで血液を供給する側が健康でなくてはなりません。
おおまかなガイドラインとして

  1. フィラリア検査が陰性であること
  2. ワクチンなどの予防がなされていること
  3. 現在投薬中あるいはなんらかの治療をうけていないこと
  4. 今までに輸血を受けたことがないこと
  5. メスの場合、出産歴がないこと
  6. 供血でき得るだけの体格を有していること(大型犬が望ましい)

のような条件をクリアしておかなくてはなりません。

どれだけの血液が必要か

大まかな計算式ではじき出すことができます。
計算式
輸血量(ml)=〔(受血動物の体重(kg)×定数K)〕×〔予定赤血球容積比(%)−受血動物の赤血球容積比(%)〕÷輸血用血液の赤血球容積比(%)
※ 定数K:犬で40、猫で30

もっとも、双方の健康状態や体格などにも配慮しなければならないため、必ずしもこの輸血量が採取できるわけではありません。

輸血方法

まず、供血側と受血側とでの血液の相性を確認しておかなければなりません。 せっかく輸血が行われても、免疫反応で血液を破壊してしまうこともあるからです。 これを防ぐために、「血液型判定」と「交差適合試験(クロスマッチ)」を行います(血液型判定については前編をご覧ください)。 受血側の血漿(血液の液体成分)に供血側の血球(血液の細胞成分)を加え凝集(血球同士がくっつきあう免疫反応)が起こらないかどうかをみます。 また同時に供血側の血漿と、受血側の血球をあわせる反応もみます。 前者を「主試験」といい、後者を「副試験」といいます。それぞれが凝集反応を示さなければベストです。

次に供血側の動物から献血を行います。血液は大変デリケートなもので、 粗雑に扱うと細胞が壊れてしまうため、できうるだけ太い血管から太い注射針で採血することが理想です。 そのため、動物の場合経静脈から採血することが多いです。

下の写真は人間用輸血バッグです。中で血液が固まらないように抗凝固剤(クエン酸)があらかじめ含まれています。 これは供血犬から200ml採血したものです。

(写真1 輸血バッグ)

これを受血犬に輸液を行います。 あらかじめ受血側の犬の血管を確保しておき、輸血中にアレルギー反応がないかどうかを確認しながら、 最初はややゆっくりめに、徐々に輸血速度を速めていくこともできます。 血液は時間経過とともに細胞成分が沈殿をしますので、たまによく混和します。 またできうるだけ体温に近いほうがよいので冷えすぎないように注意します。

(写真2 輸血風景)

輸血を行うことによって劇的に回復を見せることもありますが、 どこかで失血をしているような場合では輸血を行ったとしても一時的なものに過ぎないケースもあります。 原因に応じた治療が必要なのです。

血液の代替療法

諸般の事情で輸血は必要であるにもかかわらず、輸血が行えない場合には血液の代替療法を選択することもあります。 ただし、輸血に勝るものではないためあくまでも補助的な方法にとどまります。 また、複数回使用することが難しいため、安易な使用はできません。
当院で使用する血液代用液を以下に紹介します。

(写真3 オキシグロビン:犬用代替血液)


(写真4 乾燥犬プラズマ:犬用血漿成分)


(写真5 サリンヘス:代替血漿液)

まとめ

今回2回にわたりまして動物の血液についてご紹介いたしましたが、 まだまだ血液は奥が深いです。こんなもんじゃあありません。 血液は単なる赤い液体であるだけでなく、栄養を運び、酸素・二酸化炭素を運び、 免疫に関与したりと、まさに生命の源なのです。 犬の血液型が非常に複雑であることをご存知の方は少なかったのではないかと思います。 しかもそれが比較的簡単に調べられるようになったのは割と最近のことなのです。

近年の動物医療の高度化によって要求される医療水準は年々高まっていくのを感じます。 難易度の高い外科手術や化学療法などが紹介され、それを実践し、 飼い主さんや病気で苦しんでいる動物たちの健康に寄与できるように努力をしていかなくてはなりません。 そんな中で輸血が必要な場面というのは今以上に増えていくのでないかと思います。 しかしながら、現状ではなかなか輸血までこぎつけられない場合などもあり、 歯がゆい思いをすることがあるのも事実です。人間の血液が動物に使用できるわけではないため、 どうしても血液を供給していただく動物の存在が必要不可欠です。 大変難しい問題ではありますが、動物にとっても安全でかつ動物の福祉に貢献できるようにありたいものです。

今回のコラムで動物の血液型に関心を持っていただけたら幸いです。 また、この機会にワンちゃん、猫ちゃんの血液型を調べてみてはいかがでしょうか。 最後に、今回の写真とはまったく関係のないものなのですが…実家にいる猫さんです。 健康体なのでもちろん輸血はしたことありません。

それにしても動物の写真って撮るの難しいですよね(笑)

Written by KM Vet